平田みつよしの注目キーワード

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平田みつよしのつぶやき

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    朝日新聞が主催、日能研が協力して行った〔未来をつくる学びテスト〕(小学3年生対象)。【国語】では「『お』をつけると意味が大きくずれる例を一つあげて、『お』をつけないときの意味と、『お』をつけたときの意味のちがいをそれぞれ言葉で説明… https://t.co/qEzTcYmk7k2019-07-16 18:54:18
  • hirata_mituyosi
    (続き)とって新鮮で居心地の良い空間として注目され、多くの映像作品のロケ地にも選ばれています。私は常々、アーケードの文化的価値や街のシンボルとしての存在を再評価するべきと考えています。※権利の関係もあり、写真は離れた所から撮影しました。2019-07-16 18:19:28
  • hirata_mituyosi
    今日はアイドルグループ〔FES☆TIVE〕のPV撮影が立石駅通り商店会で行われました。国際色豊かなキャストが踊るシーンは私の実家の和菓子店の前で撮影しました。駅通りや仲見世のアーケードは半世紀以上前に建てられ、強い日射や雨風、雪か… https://t.co/gPmP0viTs12019-07-16 18:19:02
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    奥戸2丁目〔和泉〕のカツカレー南蛮蕎麦です。参院選に自民党が勝つ(カツ)ことで、世界の中で日本が華麗(カレー)でナンバーワン(南蛮)の存在になるよう熱望します。 ※〔和泉〕にはカツカレー南蛮というメニューはありません。カレー南蛮と… https://t.co/WINPszRo9e2019-07-16 07:07:24
  • hirata_mituyosi
    東立石4丁目〔鳴子庵〕のカツ丼・蕎麦セットです。自民党が参院選に勝つ(カツ丼)ことで、日本が更に盛り(もり蕎麦)上がることを熱望します。 https://t.co/IljEyXjRvz2019-07-14 20:42:01
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    (続き)夏休みは京成電鉄で立石を始め、葛飾区内各所へお出かけ下さい! https://t.co/bqX0ERYJqt2019-07-12 18:04:47
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    立石7丁目に本社がある株式会社タカラトミーと京成電鉄株式会社によるコラボ企画〔けいせいたていしプラレール駅〕が京成立石駅構内にオープンしました。プラレールタワーや自動改札機のレプリカなど、楽しい“駅in駅”に仕上がっています。スタ… https://t.co/5H3ibWA1UB2019-07-12 18:04:12
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    参議院東京選挙区に立候補している武見敬三候補の遊説のお手伝いをしました。金町駅北口からスタート、水元を回って南口へ。柴又・鎌倉・高砂・細田・奥戸を回り、新小岩駅南口で街頭演説。江戸川区にバトンタッチしました。あと9日余、東京選挙区… https://t.co/IucC2rcIrs2019-07-11 14:08:59
  • hirata_mituyosi
    参議院比例区に立候補している山東昭子候補の街頭演説・遊説のお手伝いをしました。限られた時間でしたが、筒井たかひさ議長と伊藤よしのり副幹事長にも時間を割いて頂き、ご地元を回って頂きました! https://t.co/XtstHrX8Ij2019-07-08 21:54:32
  • hirata_mituyosi
    (続き)12時6分出発、金町駅付近では常磐緩行線の小田急4000形と並走。まるで東海道線の小田原駅のような風景でした。新金貨物線に入ると、沿線に青木克徳葛飾区長が立ち、手を振ってお見送りされていました。 https://t.co/xlmC6xfwIu2019-07-07 12:29:17
  • hirata_mituyosi
    〔これからの新金線を考える会〕運行の特別列車に乗車しています。松戸駅2番線ホームに国鉄185系が入線。和式便座や可動式の窓など、今となっては希少な仕様です。(続く) https://t.co/4hSxWlwzWJ2019-07-07 12:28:28
  • hirata_mituyosi
    柴又〔川千家〕にて壮友会総会に出席させて頂きました。歌の大トリ定番は矢島泰孝先生による『東京ラプソディ』ですが、今宵はご子息の矢島和夫本田消防団第8分団長が先頭に立ち唱和され、華やかなお開きとなりました。 https://t.co/lO7kpugR472019-07-06 23:33:52
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    (続き)三島自決から略半世紀。生前の三島を知る人は僅かになってきている。 https://t.co/94SBy0o9Wp2019-07-03 06:53:08
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    (続き)本多清各氏(元楯の会)らに加え、三島の最後の原稿を受け取った元新潮社の小島千加子氏が登場した。瀬戸内氏は三島の弟(故平岡千之氏)が「川端さんを家中で恨んでいる。ノーベル賞は兄に来るべきものだった」と述べていたと証言した。昨… https://t.co/GFIIDioBRv2019-07-03 06:52:08
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    鑑賞録。NHK-BS1〔三島由紀夫×川端康成 運命の物語〕『金閣寺』や『癩王のテラス』を演出し、三島ファンを自他共に認める宮本亜門氏が語り部を務め、最期の地である市ヶ谷、最後の晩餐を囲んだ新橋〔末げん〕を訪れるところから番組は始ま… https://t.co/b8N0Am6UpE2019-07-03 06:50:39
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    (続き)自覚すると共に、再開発が多額の公金によって支えられている事業であることを改めて銘記するべき」と意見表明しました。2019-07-02 00:07:59
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    立石駅南口東地区市街地再開発準備組合総会に出席。私はこれまでの監事から、新たに理事を務めさせて頂くにあたり「事業費は数百億円規模となることから、契約や手続きについて適切・公正を確保するのはもちろん、役員1人あたりで割り返せば実質数十億円の決裁権を有していることを(続く)2019-07-02 00:07:29
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    (続き)次に「16世紀には未だエレベーターが発明されていなかったことに気がつく者が誰もいなかったのです」と続けていたとすれば、ジョークの範疇に収まるのではないか。 https://t.co/vphhFmaXoo2019-06-30 05:55:22
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    G20に於ける安倍総理の「明治維新の混乱で大阪城の大半は焼失したが、天守閣は今から約90年前に16世紀のものが忠実に復元されました。しかし一つだけ、大きなミスを犯してしまいました。エレベーターまでつけてしまいました」という発言が一部で批判されているようだが、(続く)2019-06-30 05:54:34
  • hirata_mituyosi
    葛飾区体操連盟役員会に出席。夜は新小岩2丁目〔鉄板KEIJI〕にて懇親会でした。 https://t.co/lZKZpnKgag2019-06-30 05:08:31
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    (続き)閑職、僻地への異動が待っている」という指摘は峻烈である。2019-06-28 07:35:30
  • hirata_mituyosi
    (続き)いわば「面」として描いているとも言える。本書で〔官邸ポリス〕の犯人(著者)探しに言及しているのが興味深い。機密を漏らしたと疑われた者は「徹底的な行動確認を身内から受ける。ありとあらゆることが明らかにされ、マスコミに情報を流したという既成事実が作り上げられる。果ては(続く)2019-06-28 07:35:11
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    読書録。〔内閣情報調査室〕(今井良・著、幻冬舎新書)昨年、匿名で出版された〔官邸ポリス〕が話題を呼んだ。本書は元NHKで民放の記者を務める著者が実名で書いているだけに抑制的な筆致ではあるが、〔官邸ポリス〕が挿話を「点」として鮮やか… https://t.co/AepNWPyqmO2019-06-28 07:34:35
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    (続き)平岡公威大蔵事務官、すなわち三島由紀夫の足跡である。さらに、大蔵省に伝わる『縦と横の糸』という定番スピーチについて触れているが、これが中島みゆき氏の名曲のルーツではないかと感じるのは私だけではないだろう。2019-06-27 08:40:56
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    (続き)私が引き取ってやる。しかし、それ以上はやるな」と言ったり、後に著者が埼玉大助教授へ出向を希望した際も応援してくれた度量の大きな人物だったそうな。又、著者が若手時代に省内の倉庫で『起案者・平岡公威』と達筆の文書を見つけ、こっ… https://t.co/Qtgr4jbu9I2019-06-27 08:40:37
  • hirata_mituyosi
    (続き)諸君の優れた提案が理解されないこともあるだろう。そういう時は俺が聞いてやる。躊躇せずに大臣室に駆け込め」と訓示を述べたという。秘書課長は後に次官、国鉄総裁を務めた高木文雄氏で「諸君の先輩で、先日酔っ払って警官を皇居のお堀に… https://t.co/MlIivDX8oz2019-06-27 08:39:56
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    読書録。〔戦後経済史〕(野口悠紀雄・著、日経ビジネス人文庫)『1940年体制』という視点を世に問うた著者が戦後の経済発展を省察する。一方で、著者の自伝的な要素も興味深い。’64(昭和39)年著者が大蔵省に入省した時の大臣は田中角栄… https://t.co/qmEXK6hg6Q2019-06-27 08:39:25
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    (続き)昨年、金鐘泌は92歳で逝去した。「日韓関係の一つの時代が終わった」ことを意味すると町田氏は考察する。2019-06-26 00:17:16
  • hirata_mituyosi
    (続き)罵られ、反対デモに晒された。’73(昭和48)年、東京で起きた金大中拉致事件を受け、首相に就任していた金鐘泌が、達筆な日本語で書かれた朴大統領の親書を携えて来日した。町田氏は「(事件は)これで決着ですな。金鐘泌に頭を下げら… https://t.co/ROoDd0UVJO2019-06-26 00:16:51
  • hirata_mituyosi
    (続き)国交正常化の焦点だった請求権問題は、韓国中央情報部(KCIA)の部長だった金鐘泌と大平外相のトップ会談で決着した。金鐘泌は10億ドル超を要求したとされるが、当時の日本の外貨準備高は17億。現実主義者の金鐘泌は「無償3億・有… https://t.co/mLE2lBzekW2019-06-26 00:16:13