ミカドの検索結果

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    RT @inose_mikado: 実際に、万民に能力主義が解放された時期は、江戸的(封建的)年秩序が崩壊し、ライフスタイルが均質化しはじめた大正以降であったと思う。康次郎は時代を嗅ぎわける独特な能力があったのだ。【ミカドの肖像】2018-09-19 13:39:19 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    『ミカドと世紀末 山口昌男・猪瀬直樹』小学館文庫 王権・天皇制をめぐる対論。山口文化人類学を具体例で探ります。 https://t.co/xJrvVq4yMr https://t.co/3hT1AWjiUi2018-09-17 17:11:20 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 差異性を喪失した社会はアイデンティティの危機を招き、人びとは消費活動の中に、少しでも差異性を導入しようと試みる。ブランド商品の横行や、モノそれ自体とは別にモノに付随した情報を重視する考えも、そのひとつのあらわれであった。【ミカドの肖像】2018-09-02 00:50:28 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    リクルート時代のシーマンをつくるずっと以前の斎藤由多加君を連れて来て、『ミカドの肖像』をヒントに「財閥・銀行」というゲームをつくりたい、と西麻布に来たあと、しばらくして、僕、ロ... #NewsPicks https://t.co/2XE4K6fiFj2018-08-30 22:04:43 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @kadokawashinsho: 【発売開始!】猪瀬直樹 田原総一朗『戦争・天皇・国家 近代化150年を問いなおす』なぜ日本は変わらないのか?黒船来航以後続く日本の問題とは?『昭和16年夏の敗戦』『ミカドの肖像』等を通じ日本国の骨格を明らかにしてきた猪瀬に田原が問う。…2018-08-30 02:46:04 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @aniotahosyu: 『昭和16年夏の敗戦』『日本国の研究』『ミカドの肖像』『天皇の影法師』を全部読んでから猪瀬先生を批判してごらんなさい。2018-08-30 02:45:19 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @nakajima1975: 雑誌『kotoba』に掲載されている私のインタビューが一部、ネット上にアップされています。「このノンフィクションが凄い!」という特集です。猪瀬直樹さんの『ミカドの肖像』や沢木耕太郎さんの『テロルの決算』などについてお話ししました。https:…2018-08-30 02:45:00 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inosenaoki: 『昭和16年夏の敗戰』の中国語訳が送られてきました。表紙が中国的です。著者紹介で『天皇の影法師』は『天皇的影子』、『ミカドの肖像』は『天皇的肖像』。写真をご覧ください。 https://t.co/3NUm6BWdQm2018-08-30 02:44:38 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 一九一七年は、ロシア革命の年だった。二十八歳の堤康次郎が軽井沢で土地購入に成功したのも、十六歳の皇太子裕仁が、初めてゴルフクラブを握ったのも、同じ年の出来事であった。【ミカドの肖像】2018-08-07 22:43:02 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 世界一の大都会東京には”空虚な中心”がある、とはじめて指摘したのはフランスの哲学者ロラン・バルトであった。その皇居という不思議空間が発する奇怪な電波によって、丸の内東京海上ビルはその頂点を削りとられた。【ミカドの肖像】2018-08-07 22:42:12 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 廃墟になろうとしている東京で食糧もままならず、命からがら逃げようとしている人びとに逆行して土地を買おうとするその執念!そのおぞましさに強い嫌悪感を覚えたが、いっぽうで、堤康次郎という男の推し量りがたさに強く魅きつけられてもいた。【ミカドの肖像】2018-08-06 10:39:30 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕たちは、しばしば、ひとつの間違った常識に囚われている。戦前は軍国主義、戦後は民主主義という定式のなかで、昭和二十年以前を暗い灰色のはるかかなたの風景として置き去りにしてしまうのがそれだ。【ミカドの肖像】2018-08-05 21:30:09 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕たちは、しばしば、ひとつの間違った常識に囚われている。戦前は軍国主義、戦後は民主主義という定式のなかで、昭和二十年以前を暗い灰色のはるかかなたの風景として置き去りにしてしまうのがそれだ。【ミカドの肖像】2018-07-28 03:07:55 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 天皇家が京都という安住の地を”追われた”その流れの最初の一撃が、明治初年の明治天皇の東上であった。まだ十六歳にすぎなかった明治天皇が、八瀬童子の担ぐ鳳輦に鎮座して江戸に入ったのは慶応四年(明治元年)の十一月のことだった。【ミカドの肖像】2018-07-26 03:06:51 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 心中の場所に軽井沢が選ばれたところなど、時代の思潮を感じる。心中という行為は日本的なものだが、軽井沢という舞台が、近松的世界とは異なる新鮮な印象を世間に与えた。有島の心中は、モガ、モボ風俗の先触れとして理解されていく。【ミカドの肖像】2018-07-25 00:12:02 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 第一次世界大戦の終結がもたらしたものは、単にドイツの敗北ということだけではなかった。貴族社会が同時に凋落したのである。その象徴的勢力が、米国とソ連であった。双方とも大衆による政治を、国是としていた。【ミカドの肖像】2018-07-25 00:11:57 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 一九一七年は、ロシア革命の年だった。二十八歳の堤康次郎が軽井沢で土地購入に成功したのも、十六歳の皇太子裕仁が、初めてゴルフクラブを握ったのも、同じ年の出来事であった。【ミカドの肖像】2018-07-25 00:11:03 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕たちは、しばしば、ひとつの間違った常識に囚われている。戦前は軍国主義、戦後は民主主義という定式のなかで、昭和二十年以前を暗い灰色のはるかかなたの風景として置き去りにしてしまうのがそれだ。【ミカドの肖像】2018-07-20 15:03:18 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 自分たちが”中流”であるという自己認識は、じつは自己認識ではない。すべてが中流であるならば、他人との区別がつかない。自己は他人のなかに埋もれ、自己でなくなる。【ミカドの肖像】2018-07-14 20:21:04 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: MIKADOという名のフレンチロック・デュオ、丸の内のオフィスの頂点を削りとられた高層ビル、宮廷ホームとスジ屋たち。僕たちが捜しているミカドは”視えない肖像”として、日常生活に溶解し拡散している。さらにに欲望のメカニズムに転化しているのである…2018-07-14 20:20:58 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @KensukeLariat: 【救出01】猪瀬直樹(@inosenaoki )さんの『救出』は、他の猪瀬本とは一線を画し、近代日本のカラクリを紐解かない。ミカドも明治維新も戦争も出てこない。東日本大震災時の一つのドラマにフォーカス。それでも「やっぱり猪瀬本だなぁ」と思う…2018-07-07 22:11:29 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 時代の節目は、予定調和としてではなく、天皇崩御という個人の肉体の消滅とその鎮魂の儀式によって。忽然と訪れ、洪水のように過去を洗い流しながらよりいっそう過去を心に刻ませる。【ミカドの肖像】2018-07-04 23:38:59 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: こうして、昭和二年二月の東京での「御大喪」と、国家の祭儀がつづいた。人びとは、その祝祭のなかで、時代の節目を自覚するのである。【ミカドの肖像】2018-07-04 23:38:45 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 大喪という祭儀が、皇室の家内法から国家的規模へ拡大し位置づけられていくのである。八瀬童子は地の利を活かして、皇室の祭儀などの雑役に従事していたが、次第に儀式の中心は京都から東京へと移動していた。【ミカドの肖像】2018-07-04 23:38:34 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 大礼については、旧皇室典範に、京都で行うことが明記されていたが、大喪については、同様の条文が見当たらない。西から東への流れは、明治天皇の大喪で明確な姿をともなって顕在化した。【ミカドの肖像】2018-07-04 23:38:21 by 猪瀬直樹/inosenaoki
  • inosenaoki
    RT @inose_mikado: 天皇家が京都という安住の地を”追われた”その流れの最初の一撃が、明治初年の明治天皇の東上であった。まだ十六歳にすぎなかった明治天皇が、八瀬童子の担ぐ鳳輦に鎮座して江戸に入ったのは慶応四年(明治元年)の十一月のことだった。【ミカドの肖像】2018-07-04 23:37:45 by 猪瀬直樹/inosenaoki
  • inosenaoki
    RT @inose_mikado: 『ミカドの肖像』で、天皇の「御真影」には戦死者のイメージが重ねられたと書いた。「御真影」は終始無言である。生身の人間の声帯を振動させた肉声が聞こえれば、「御真影」の聖性は保ちにくかったにちがいない。(欲望のメディア)2018-06-16 00:39:34 by 猪瀬直樹/inosenaoki
  • inosenaoki
    RT @honnoinosisi555: @inosenaoki 自分の周りでは丸山眞男→橋川文三→猪瀬直樹の流れでおさえている人が多いですが、実際に丸山『忠誠と反逆』、橋川『日本浪漫派批判序説』等を読んでいるのに比べ、猪瀬さんの著作は恥ずかしながら『ミカドの肖像』『黒船の世紀…2018-06-02 23:22:51 by 猪瀬直樹/inosenaoki
  • inosenaoki
    RT @akifumik: 猪瀬直樹氏 @inosenaoki の本を以前から読んでいたが、この夏、天皇の影法師→昭和16年夏の敗戦→東條英機処刑の日→日本国の研究とまとめて読んでみた。どれもみな本質をついており読み応えがあった!次はペルソナ→ピカレスク→ミカドの肖像を読もうと…2018-05-02 00:46:24 by 猪瀬直樹/inosenaoki
  • inosenaoki
    「東京の中心は空虚」ロラン・バルト 『ミカドの肖像』の書き出しです。東京五輪招致も日本文明の説明から始めました。緑の森から外の高層ビルを望める皇居こそ外国人の最高の観光スポットです。静寂と喧騒が共存している姿を理解していただける… https://t.co/f68nFtDs422018-05-02 00:30:59 by 猪瀬直樹/inosenaoki