inose_mikadoの検索結果

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    RT @inose_mikado: 小林一三を先駆者とする私鉄経営のノウハウは、燎原の火のごとくという形容詞がけっしてオーヴァーではないほどにまたたく間に全国に普遍化してく。いたるところに、江戸情緒とは別の、新しい祝祭空間としてのレジャーランドが誕生することになる。【ミカドの肖…2019-03-08 02:59:46 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 一八八五年に大ヒットした『ミカド』はやがて、作者の意図を超えて独り歩きし始める。ミカドという記号は、黄色人種が西欧社会にもたらす恐怖の代名詞へと転化していくのである。【ミカドの肖像】2019-02-27 00:49:09 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: ギルバートは「どこにもない国」として日本を舞台にすることを思いついた。その筋書きは、日本人には荒唐無稽でしかない。しかし百年前の英国に日本イメージがどのように浸透しはじめていたのかという目安を『ミカド』から抽出し、分析することは十分に可能なの…2019-02-27 00:49:04 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 小林の再建案は、分譲地と都心を結ぶアクセスの確保であった。それが保証されさえすれば、所有している四十五万坪に及ぶ広大な土地が売れる。しかも住宅を購入した客は、また鉄道の客ともなり恒常的に運賃を支払う。そのサイクルを繰り返すことが肝心なのだ。【…2019-02-23 00:30:43 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 天皇家が京都という安住の地を”追われた”その流れの最初の一撃が、明治初年の明治天皇の東上であった。まだ十六歳にすぎなかった明治天皇が、八瀬童子の担ぐ鳳輦に鎮座して江戸に入ったのは慶応四年(明治元年)の十一月のことだった。【ミカドの肖像】2019-02-23 00:29:59 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕は彼らのキレギレの記憶の断片を集め、あの夏の”事件”を再現することにした。窪田翁が総理大臣を演じた当時、三十六歳だった。僕もいま三十六歳である。日米開戦を四ヶ月後に控えた局面で、もし、自分だったら、どういう見通しをもちえただろうか。【昭和1…2019-02-21 14:36:45 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 人が空を飛ぶ、その夢がライト兄弟によって実現されるまで、人びとは仮装行列でめかしこむのとさほど変わらないぐらい、あらゆる滑稽な恰好で跳躍したのだった。水晶の球に遠方の光景を覗こうとする努力も、それに劣らないほどの情熱がひたすら空回りするのであ…2019-02-19 19:45:38 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: ロラン・バルトはかつて、皇居を「いかにもこの都市は中心を持っている。だが、その中心は空虚である」と説明していた。もしかしたら、ひたすら効率を求めて突っ走る日本人にとって都合のよい象徴空間であり、あらゆる争点を呑み込む巨大なブラックホールである…2019-02-19 00:52:22 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 小林一三を先駆者とする私鉄経営のノウハウは、燎原の火のごとくという形容詞がけっしてオーヴァーではないほどにまたたく間に全国に普遍化してく。いたるところに、江戸情緒とは別の、新しい祝祭空間としてのレジャーランドが誕生することになる。【ミカドの肖…2019-02-15 03:02:00 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 大渋沢の用意周到な人材配置と資金供給の舞台で、さまざまな人物がそれぞれ思惑をぶつけ合い、やがてひと筋のストーリーに整理されていく。しかし田園都市株式会社の希望の物語は、暗転する……。【土地の神話】2019-02-13 02:04:39 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 大喪という祭儀が、皇室の家内法から国家的規模へ拡大し位置づけられていくのである。八瀬童子は地の利を活かして、皇室の祭儀などの雑役に従事していたが、次第に儀式の中心は京都から東京へと移動していた。【ミカドの肖像】2019-02-07 02:39:14 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 「御大喪」と「御大典」に加えて、新しい元号の制定、恩赦、それらが重なり合いながら、国家的祭儀という同一平面で人びとは、悲しみはなくとも悲嘆を装い、喜ばしいことはなくとも狂喜し、地殻変動のように、溜め込まれたエネルギーを蕩尽しつくすのである。【…2019-02-02 00:07:09 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 私鉄の誕生により、都心への人の流れは、通勤という日常性に収斂され、郊外への小旅行はレジャーランドにおける祝祭空間への移行を意味した。「大衆」の祝祭空間への渇望は、銀座に代表される高級消費空間と郊外のレジャーランドの彼方に無限に広がる気配を見せ…2019-01-31 14:38:59 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 小林一三を先駆者とする私鉄経営のノウハウは、燎原の火のごとくという形容詞がけっしてオーヴァーではないほどにまたたく間に全国に普遍化してく。いたるところに、江戸情緒とは別の、新しい祝祭空間としてのレジャーランドが誕生することになる。【ミカドの肖…2019-01-26 03:52:34 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: このミカドゲームのルーツを辿ることで僕が知りたいのは、十九世紀に世界の「中心」であった西欧社会に対して極東の小国の「周縁」文化が起こした異化作用についてであり、それが長い影法師となって”いま”をどのように支配しているかなのだ。【ミカドの肖像】2019-01-12 16:09:21 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 祭事や歌詠みに明け暮れていた一族とその藩屏たちは、錦の御旗として、政治的マキャベリズムの渦に巻き込まれた。”一君万民”という祝福の衣を身に纏わされたとしても、エデンの園を追われたことには変わりない。彼の地を離れることによって、天皇は国家という…2019-01-07 03:46:24 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 「御大喪」と「御大典」に加えて、新しい元号の制定、恩赦、それらが重なり合いながら、国家的祭儀という同一平面で人びとは、悲しみはなくとも悲嘆を装い、喜ばしいことはなくとも狂喜し、地殻変動のように、溜め込まれたエネルギーを蕩尽しつくすのである。【…2019-01-07 01:48:45 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 人びとは、消費にブランドを求めていますが、それは単に物を買うということではありません。祝祭としての消費なのです。【ミカドの肖像】2019-01-04 22:44:07 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: ヒトラーのつくりあげた組織は、ちょうど正方形の真ん中をつまんでピラミッド型に持ち上げたように立体的だった。日本型ファシズムでは、布は広げられたままで頂点がない。平面的だが、代わりに荒い網目のひとつひとつが相互にひっぱりつつ振動を増幅して伝えあ…2018-12-31 19:24:40 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 昭和十五年夏の東京オリンピックまでになんとか間に合わせる、と高柳が奮闘しているとき、肝心の開催の雲行きは怪しくなりつつあった。……日中戦争が始まったのに、スポーツの祭典とはなにごとか、という空気で覆われはじめていた。【欲望のメディア】2018-12-30 15:02:32 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕たちは、しばしば、ひとつの間違った常識に囚われている。戦前は軍国主義、戦後は民主主義という定式のなかで、昭和二十年以前を暗い灰色のはるかかなたの風景として置き去りにしてしまうのがそれだ。【ミカドの肖像】2018-12-29 22:42:18 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 祭事や歌詠みに明け暮れていた一族とその藩屏たちは、錦の御旗として、政治的マキャベリズムの渦に巻き込まれた。”一君万民”という祝福の衣を身に纏わされたとしても、エデンの園を追われたことには変わりない。彼の地を離れることによって、天皇は国家という…2018-12-29 18:55:44 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 明治維新では”一君万民”という思想が担がれた。封建社会のヒエラルキーとはちがい、一人の君主に対して人民は平等、というタテマエである。「大衆」の素はそういう歴史的契機のなかに準備され、大正年間に花開いた。とすれば、「大衆」は、近代天皇制が生み出…2018-12-29 18:54:58 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 「……遠視法は1世紀の昔より考えられていた。しかしその時代の科学はこれに対して何らの手懸りをも与えなかった」 SFという夢を描く歴史に対し、技術でそれを実現する歴史がある。高柳は、自分が技術をつくる立場の人間であることを痛切に感じていたのだっ…2018-12-28 19:23:28 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 欧米という世界の「中心」に対して、東の果てのミカド国(ランド)は「周縁」に位置していた。そして、全知全能のミカドが登場するオペレッタが、「中心」世界を駆けめぐっていた。……「ミカド」という言葉の響きの中に「中心」世界の日常性を活性化させるイメ…2018-12-27 13:55:29 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 彼は偶像だった。子供のあこがれだった。ごく身近な人しか本当の姿を知らない。みな彼を恐れていた。 「リキ、どうしたんだ。アメリカにいたときの君は紳士だったじゃないか。君は日本の首相ぐらい偉いんだ。みな力道山を尊敬しているんだから」 そう忠告した…2018-12-22 00:01:26 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 野心家たちにとって、テレビはいびつで大きな卵であった。ヒトラーはテレビを使って増幅された自己像を国民の前に投影させようとした。だが、ヒトラーは二つの点で不運だった。卵はまだ孵化する時期ではなかったし、早産させててみたものの飼育のノウハウが完成…2018-12-11 15:21:42 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: ギルバートは「どこにもない国」として日本を舞台にすることを思いついた。その筋書きは、日本人には荒唐無稽でしかない。しかし百年前の英国に日本イメージがどのように浸透しはじめていたのかという目安を『ミカド』から抽出し、分析することは十分に可能なの…2018-11-27 23:34:37 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 日米開戦へと潮鳴りのように響きを立てていた時代。いかにもいかめしい総力戦研究所という名の機関は、何だったのか。三十歳代の”学生”らは、いったいどういういきさつから模擬内閣の閣僚を演じることになったのか。【昭和16年夏の敗戦】2018-11-15 13:50:27 by 猪瀬直樹/inosenaoki
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    RT @inose_mikado: 僕は彼らのキレギレの記憶の断片を集め、あの夏の”事件”を再現することにした。窪田翁が総理大臣を演じた当時、三十六歳だった。僕もいま三十六歳である。日米開戦を四ヶ月後に控えた局面で、もし、自分だったら、どういう見通しをもちえただろうか。【昭和1…2018-11-12 20:40:26 by 猪瀬直樹/inosenaoki